大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成2年(ワ)2043号 判決

原告

宗教法人オウム真理教

右代表者代表役員

松本智津夫

右訴訟代理人弁護士

青山吉伸

被告

株式会社西日本新聞社

右代表者代表取締役

青木秀

被告

稲積謙次郎

右被告ら訴訟代理人弁護士

太田晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告株式会社西日本新聞社(以下、「被告新聞社」という。)は、原告に対し、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、西日本新聞に別紙(一)記載の謝罪広告を別紙(二)記載の謝罪広告掲載方法でそれぞれ一回ずつ掲載せよ。

二被告新聞社及び被告稲積謙次郎(以下、「被告稲積」という。)は、原告に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する平成二年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告新聞社が別紙(三)記載の新聞記事(以下、「本件記事」という。)を掲載したことにより原告の名誉が毀損されたとして、原告が、被告新聞社の被告編集局長に対しては、民法七〇九条、七一〇条に基づき損害賠償を、被告新聞社に対しては、同法七一五条一項に基づく損害賠償及び同法七二三条に基づく謝罪広告の掲載を、それぞれ求めた事案である。

一当事者間に争いのない事実

1  被告新聞社は、新聞の発行等を目的とする会社で、日刊紙「西日本新聞」の名称で日刊新聞を発行しており、被告稲積は、被告新聞社において同新聞の編集局長として、同紙の執筆・編集業務に従事しているものである。

2  被告会社は、平成二年七月二六日付西日本新聞朝刊に、別紙(三)のとおりの内容の本件記事を掲載した。

二争点

1  本件記事による原告の名誉毀損の成否

2  本件記事による被告らの行為の違法性

(一) 本件記事の公共性、公益目的性

(二) 本件記事の真実性

3  被告らが本件記事内容を真実であると誤信するについての相当な理由

4  慰謝料相当額及び謝罪広告の当否

三争点に対する当事者の主張

1  争点1(本件記事による原告の名誉毀損の成否)について

原告は、本件記事は、原告が農地法及び農業振興地域の整備に関する法律(以下、「農振法」という。)に違反してプレハブ棟(以下、「本件プレハブ」という。)を建設するような反社会的宗教団体であるかのような印象を読者に、ことに熊本県阿蘇郡波野村周辺の読者に与えるものであり、それによって原告の社会的評価が著しく低下した旨主張し、被告らはこれを否認する。

2  争点2(一)(本件記事の公共性、公益目的性)について

被告らは、本件記事は、農地法、農振法違反の疑いが濃厚な事案であることから、本件記事は公共の利益及び公益目的に合致するものであると主張し、原告は、本件記事の目的は、原告に対する単なる誹謗・中傷であり、公益目的はない旨主張する。

3  争点2(二)(本件記事の真実性)について

被告らは、本件土地の地目は畑で、農地法の適用を受けるものであり、また、農振法六条に基づき昭和四五年一二月二五日に農業振興地域としての指定を受け、同四六年九月二日付をもって農用地区域として更に指定を受けた、耕作の目的に供されるべき現況農地(栗園)であるから、本件記事は真実である旨主張する。

これに対して、原告は、

(一) 土地が農地であるか否かは土地の現況によって決定されるべきであるが、本件プレハブが建築された熊本県阿蘇郡波野村波野字村ノ本八四九番の土地(以下、「本件土地」という。)は長年耕作されておらず、土地は固まって非農地であり、農地法、農振法いずれの適用も受けない土地であるから、本件記事は虚偽である。

(二) 本件プレハブを建設したのは原告ではなく、訴外石川秋松(以下、「石川」という。)であり、原告は訴外満生均史(以下「満生」という。)を通じて石川との間で本件プレハブの賃貸借契約を締結していたにすぎないものである。

と主張する。

4  争点3(真実性の誤信に関する相当の理由)について

被告らは、本件記事の取材をした被告新聞社の南里記者は、熊本県農地管理課及び波野村経済課の各担当者という農地管理事務に精通する公的立場にある専門官から取材したものであるから、同記者がこれを真実と信じるにつき相当な理由を有していたものであると主張する。

これに対して、原告は、

(一) 南里記者は、熊本県、波野村等行政側の非公式な電話取材による情報だけに基づき本件記事を作成したものであり、本件土地を一度も訪れることもなかったし、また、原告や石川からは全く事情聴取を行うなど、その裏付け取材をしておらず、仮に、右の取材を行っていたならば、原告が石川から本件プレハブを賃借していたにすぎないことは容易に知り得たはずである。

(二) 被告稲積は、南里記者が作成した記事について十分な裏付け取材が行われているのかどうかの確認を怠ったまま「別の農地にプレハブ棟」「熊本・波野村 県が指導を検討」の見出しをつけて本件記事を掲載した。

(三) よって、被告らには本件記事が真実であると誤信したことについて相当の理由は存在しない。

と主張する。

第三争点に対する判断

一争点1(本件記事による原告の名誉毀損の成否)について

本件記事(〈書証番号略〉)は、社会面に別紙(三)のような大きさで掲載され、「オウム真理教」「別の農地にプレハブ棟」との見出しのもと、本文中に「オウム真理教が、今度は同村内の別の農地に違法にプレハブ棟を建設している疑いがある、として同県や波野村は二五日、農地法に基づく行政指導の検討を始めた。」と記載されている。

ところで、新聞記事が法人等の名誉を毀損し、あるいは社会的信用を低下させるものか否かを判断するに当たっては、本文記事の内容はもとより、その見出し、記事の大きさなどを総合して、その新聞の普通の読者が一般的読み方をして通常受けるであろう印象によって判断すべきものと解するのが相当である。

このような読み方、理解の仕方を基準とする限り、右記事の見出し、本文部分、記事の大きさなど総合考慮すると、本件記事は、「違法プレハブ棟建設」というような断定的な内容を直接的に表現することは控えているものの、一般読者をして原告が法令違反行為をし、かつ、法律無視の集団であるかのような印象を与えるものであり、右記事によって一般読者、殊に波野村周辺の読者に対して原告の名誉・信用を低下させたことは否定できないから、これによって原告の名誉が毀損されたことが認められる。

二争点2(被告らの行為の違法性)について

1  争点2(一)(本件記事の公共性及び公益目的性)について

原告は、いわゆる新興の宗教団体であり、本件当時、その信者数も相当に昇り、活発な社会的活動をも行っており、特に当時波野村に道場を新設し、多数の信者を移住させたことによって、同村民や村役場と対立関係を生じ、社会の耳目を集めていた(証人南里義則、同満生均史、弁論の全趣旨)もので、その組織、活動の状況が社会に及ぼす影響力が少なくなく、社会的関心も高まった状況にあったことからすると、本件記事は、公共の利害に関する事柄であるといえる。また、被告らは、原告の本件記事記載の活動状況が社会的、公共的に問題とされるべきだとの判断を前提に本件記事を掲載したものと認められる(弁論の全趣旨)から、本件記事は、公共の利害に関することで、かつ、もっぱら公益を図る目的で掲載されたものと認めるのが相当である。

2  争点2(二)(本件記事の真実性)について

(一) 本件土地が農地法、農振法(以下、この二つの法律を併せて「農地法等」という。)上の「農地」に該当するかどうかについて

(1) 証拠(〈書証番号略〉、証人南里、同南生)によれば、本件土地の登記簿上の地目はいずれも「畑」とされ、昭和四五年一二月二五日に農振法に規定する「農業振興地域」としての指定を受け、同四六年九月二日付で「農用地区域」にも指定されていること、しかし、本件土地の一部には右指定以前に建築された平屋建家屋と石川が約一〇年前に建築した二階建家屋が存在し、本件プレハブは右家屋に近接して建設されたこと、これに対し、波野村当局は、本件プレハブが建築される直前の敷地の状態は「現況畑(栗園)」と認識していたこと、しかし、証人満生は、石川から本件プレハブの敷地は宅地と聞いており、実際にも松、つつじ、かえで等の庭木が植栽されていた旨供述していること、が認められる。

(2) ところで、一般に土地が農地法等にいう「農地」に該当するかどうかについては登記簿上の地目表示にかかわりなく、その土地それ自体の事実状態に基づいて、それが耕作の対象となっている土地であるかどうかを判断して決めるべきものであり(最高裁昭和四六年九月三日第二小法廷判決参照)、また、一筆の土地のうち一部が開墾されて耕作の目的に供され、他の部分が宅地になっているような場合には、耕作の目的に供されている部分だけを農地法等にいう農地として取り扱うべきである。

(3) そうすると、既述のとおり、波野村役場は、本件土地が現状畑(栗園)と認識していたとしても、本件土地(公簿面積三二四九平方メートル)のうち従前から存在する平屋建家屋及び二階建家屋の敷地部分(全体の約六分の一の広さ)が、現況宅地で(〈書証番号略〉)農地法等にいう農地でないことは明らかであり、本件プレハブは右家屋に近接して建設されており、証人満生が、本件プレハブの敷地部分は庭であって、つつじ等が植栽されていたにすぎない旨供述しているのに対し、波野村作成の照会回答書(〈書証番号略〉)の「現況畑(栗園)」との記載の真実性について何ら立証されていないのであるから、建設当時、本件土地全体はもちろん、本件プレハブ建設地付近が実際に耕作に供された農地であったと認めるには足りないといわざるをえない。

したがって、少なくとも本件土地のうち、既存の二棟の家屋敷地部分はもとよりとして、右プレハブ敷地部分が農地法等上の「農地」に該当するという右記事内容の真実性について証明があったものということはできない。

(二) 原告が本件プレハブ建設者であったかについて

本件記事では、本件プレハブは原告が建設しようとしていた趣旨で記載されているが、証拠(証人満生)によれば、本件プレハブ棟は石川が建設したものであり(本件記事掲載時には建設中であった。)、それを満生が賃借し、原告の電話連絡所やオウム真理教の信者の宿舎として利用したこと、石川は本件プレハブ建設後、オウム真理教に入信したことが認められるから、厳密にいえば本件プレハブは原告が建設したものとは認められない。

しかし、原告が宗教法人であることから、原告に関係する行為主体の特定は個人の場合と異なって容易ではないこと、本件記事も原告関係者が本件プレハブを建設していると読めなくもなく、後にオウム真理教に入信した石川はいわば原告関係者であるとみなされてもやむを得ないこと、本件記事は、原告が「建設している疑いがある。」と表現するに止まっており、右事情からすれば、右程度の疑いをもたれてやむを得ない状況にあったことなどに照らすと、本件プレハブの建設主体についての本件記事が真実であったとの証明が尽くされたとみても不合理ではない。

三争点3(本件記事を真実と誤信したことについての相当な理由の有無)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人南里)によれば以下の事実が認められる。

(一) 被告新聞社の南里記者は、平成二年七月二五日に熊本県庁内において県の関係者から内部資料を示され、原告が農地法等に違反してプレハブ棟を建設しているとの情報を得て、直ちに熊本県農地管理課、波野村経済課の各担当者に電話取材を試みたところ、同県農地管理課主幹からは「波野村一の宮寄りの地区で、原告関係者と見られる者たちが農業振興地域内の農地約四〇〇〇平方メートルにプレハブ棟を建築中である。同土地は農用地区域なので開発する場合は村を通じ、県知事への変更の認可信用が必要なのに、現時点で同土地の変更の相談はなく、村の方で行政指導を検討している。」旨の回答を、また、波野村経済課長からは「現地は立塚という所で畑地であり、農地開発の許可は取っていない。違法が確認されれば、行政指導をする。現地では、土地の周囲をビニールシートで囲い、資材を運び込んでいる。現場にいた信者と見られる人物には口頭で注意した。」旨の回答を得た。

(二) そこで、南里記者は、特に他の裏付け取材等をしないまま、県及び村の各担当職員からの右各情報に基づき、本件記事を作成して被告新聞社に送信し、同記事は、編集局長の被告稲積の決裁を得て、平成二年七月二六日本件記事として掲載された。

(三) その後も、波野村や熊本県の担当者は、本件土地は現況畑(栗園)であって農振地域内の農用地区域に該当するから本件プレハブの建築は農地法等に違反しているとの認識を維持し、本件記事掲載の後である平成二年七月三一日には、波野村長が熊本県農地管理課を訪れ、本件プレハブ建築地域を農地として保全する意向であることを表明したり、県農地管理課担当者が、波野村担当者と協議のうえ、違反転用者の特定等について事実関係を調査し、事情が判明次第行政指導することなどの検討を続けていた。

2 右認定の事実によれば、南里記者が得た本件記事に関する情報は、熊本県庁内で県関係者から得られたもので、しかも内部資料を根拠とした具体的な情報であったというのであるから、情報としてある程度の信頼性があったものと推測されるところ、南里記者は、その裏付け取材として、熊本県農地管理課主幹及び波野村経済課長といういずれも農地管理事務を分掌担当してこれに精通する複数の専門官に対して行ったものであり、しかも、いずれの担当者からも、原告が農地法等に違反しているので行政指導を行うべきである旨当初の情報を十分裏付けるに足りる取材が得られた結果、これを正確な情報として記事としたものと推測される。

そうして、本件記事は、オウム真理教が「波野村内の農地に違法にプレハブ棟を建設している疑いがある、として熊本県や波野村は二五日、農地法に基づく行政指導の検討を始めた。」とするもので、原告が農地法等違反と疑われる行為をしており、波野村役場が行政指導を検討しているというに止まるものであり、右記事による原告の名誉・信用の毀損の程度はさほど重大深刻なものともいえないから、その取材方法、裏付け調査その他について被告らに課せられた注意義務の内容も右の程度に対応したもので足りると解される。この点をも考慮すると、南里記者としては、右のとおり公的専門の担当者で信用性の高い県や村の吏員二名に対する裏付け取材を行ったうえ、いずれの取材からの情報も同一・一貫していたため、正確な情報であると信じて本件記事としたものであるから、本件記事内容を真実と信ずるについて相当な理由があったものと解するのが相当である。

3 もっとも、南里記者が、現地に赴いて調査したり、原告関係者や石川に取材することによって本件土地が登記簿上は名目は「畑」であったとしても、現況は「非農地」との確認ができたのではとの疑問も生じないわけではない。しかし、本件土地のうち、既存建物の敷地部分が「農地」でないことは判明するとしても、その余の部分が「農地」か否かは、植栽樹木等によって決せられるところ、現在その樹木の種別等については証拠関係上不明であるし、波野村役場が平成三年一一月一一日付けでした回答書においてさえ、依然として「栗園」(即ち農地)と回答していることに照らせば、本件土地の農地性の判断は素人である同記者にとって容易ではなかったものと解される。

したがって、本件においては、南里記者としては、農地性に関する裏付け調査として、右のとおり農地管理事務に精通する複数の専門官からの取材をもって相当であったと思われ、現地取材等をしなかったことをもって本件記事内容が真実であると信じるにつき落ち度があり相当性を欠くものとは解されない。

(裁判長裁判官川本隆 裁判官永松健幹 裁判官阿部哲茂は、長期出張のため署名押印できない。裁判長裁判官川本隆)

別紙(一)

謝罪広告

当社が発行した「西日本新聞」平成二年七月二六日号において、「別の農地にプレハブ棟」「熊本波野村 県が指導を検討」と題し、オウム真理教に関する記事を掲載しましたが、右記事は、行政側の一方的情報のみで編集したため、現況宅地でなんら法令に違反していないにもかかわらず、誤って「畑だった土地」と捉えプレハブ棟建設が違法であるとの印象を世人に与えました。これによってオウム真理教についての誤ったイメージを植え付け、その社会的信用・名誉を著しく傷付けました。

よって、ここに右記事を取り消すとともにオウム真理教に対して深くお詫び申し上げます。

宗教法人オウム真理教代表者麻原彰晃殿

株式会社西日本新聞社

別紙(二)

(謝罪広告掲載方法)

掲載誌紙名

各新聞

掲載紙面・記事の大きさ

朝刊社会面下段広告欄三段抜き

二六行分縦書き

活字

「謝罪広告」とある部分

32Q

ベタ

ゴナE

本文

14Q

ベタ

行送り26H明朝

「宗教法人オウム真理教代表者麻原彰晃殿」とある部分

14Q

ベタ

ゴナB

「株式会社西日本新聞社」とある部分

14Q

ベタ

ゴナB

別紙(三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例